巴里夫の個展
巴里夫の個展

   * 巴里夫の個展は終わりました。.
 巴里夫の個展への案内ハガキ 
      御 礼

 巴里夫です。
ファンの皆様、遠路はるばる、お越し下さり、本当に有難うございました。
集英社「リボン」で現役漫画家として作品を発表した後、そのまま編集部に席を置き、編集のお手伝いと新人漫画家の育成などを行ってきました。ようやく勇退がかない、その記念として開催した個展に、花を添えていただき、感謝にたえません。

これからは、できるだけ長生きして、余生をマンガ文化に捧げようと決意を新たにしております。この力を与えて下さったファンの皆様、衷心よりお礼申し上げます。

※事務方よりお知らせ
巴先生とのコンタクトはEメールをこちらまでお寄せ下さい。
     巴里夫の評伝
 貸本マンガでデビューした巴里夫は当初、本名の「いそじましげじ」名義でコメディーやミステリー等幅広く手がけていたが、昭和34年頃より若木書房を中心に少女マンガ専門に描くようになっていった。「ひまわりブック」では『ひなぎくの丘』をはじめとして18作を発表。39年より個人シリーズである「ごきげんシリーズ」を刊行していくことになる。生活友情物である第1巻『花の合唱』から第26巻『歌って踊って』まで、笑いと感動の生活ドラマを基本に、バラエティーあふれる作品を発表し、人気をえていく。
貧乏な家庭の少女や不幸な運命の少女も
   
いるにはいたが、巴里夫の少女たちは、まちがいなく日常の中に生きていた。それは、少女を取り巻く人々との関わり、あるいは、さまざまな場面における少女の思いが、生活に根差したリアリティーを持っていたからだ。両親や弟とのかけあいは、ほのぼのと笑いに満ちていたが、大人は分かってくれないという少女の苛立ちを含んでいた。巴里夫は、大人も社会もそして子どもも同等の重さで、マンガの中に閉じ込めようとしたのだ。だから、子どもとはいえ、少女にはロマンスへのあこがれが秘められていたし、少年は顔を赤らめながらもてれて見
 
せた。それは、子どもたちへの温かい大人のまなざしと、ドラマチックさに対するてれが生み出していたもののような気がする。38年には雑誌にも進出、40年より連載した『5年ひばり組』は、明るい現代っ子群像を描いて人気を得ると共に教育関係者にも評価された。シンカンセン、マンキチ等の多彩なキャラクターは、仲間として子どもたちにも愛されたのである。           (平凡社『別冊太陽』子どもの昭和史・少女マンガの世界Tより引用) 

更新 2010.5.31